写真展

気が付くと4月も最終日ですよ・・・

気温が上がったり下がったりで、
季節がいつなのかわかりづらくなってるような気がしますね。

右肩上がりで日々気温が上昇してると、
季節が進んでいる感じが持てて、
桜の次は新緑で、その次は雨で・・・
そんな体内時計みたいなものがあるような気がします。

だから何か?、というと、
つまり、な~んも記事書いてないうちに4月が終わるよ、ってことです

4月にしたことで何か書くことあるかなあと・・・
とりあえず、木村伊兵衛展かな。

私は写真も詳しくはないのですが、見るのは好きです。
好きな写真家といえるほど深く鑑賞したことはありませんが、
なんとなく好きなのは、アジェかな。アーヴィング・ペンも好きかも。
そして木村伊兵衛も。
伊兵衛おじさん、江戸っ子の風情がいいですね。
粋な感じがします。
1901年(明治34年)、東京は下谷の生まれだそうです。

その木村伊兵衛の写真展のチラシを先月東京でみつけました。
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どうせ東京開催だよね~、と思ってよく見たら、美術館「えき」KYOTOでの展覧会。
行けるやん!
というわけで行ってきました。

今回展示されていたのは、1954年と1955年のパリ取材旅行の際に撮影されたもの130点。
パリとその近郊の写真だけの展覧会は、なかなか楽しいものでした。

今も昔もある地域が持つ雰囲気と言うのは独特のようで、
景色は変わっていても、そこがどこか言い当てることができたりするものなのかもしれません。

そんなことを思いながら、鑑賞。

パリには昔からお洒落な人が多い、というか、街に出かける時にはみんなお洒落していたんだと思う。
私だって、子供の頃はよそ行きの服とかあったもの。
日曜日にデパートに行くときは、家族みんなでよそ行きの服に革靴を履いて出かけたものでした。

そういう時代というのが、海の向こうにもこちらにもあったということだと思います。

展覧会はあまり混んでいなくて、ゆっくり見ることができて良かったです。
図録も買おうかと思ったけど、置く場所もないし・・・
と悩んでいたら、写真集のポケット版というのがあったので、それにしました。
大型豪華本の抜粋版だそうです。
それで十分。

それと、ハガキを買って、展覧会鑑賞終了。

良い展覧会だったと思います。

美しい手仕事

東京には色々なものがあります。
あらゆる国の物があって、食べ物もあって、
展覧会も音楽会もお芝居も、
きっとちょっとしたパーティーなんてものもあるのでしょう。

先月に引き続き今月も出張のついでに東京で少し遊んできました。
遊ぶといっても展覧会に行く程度ですが。

六本木でフェルメールを観て、
西荻窪のフランス雑貨のお店でウダウダして、
丸の内でオートクチュールを堪能しました。

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三菱の美術館。
良い場所にありますね~。
最寄駅は東京駅か地下鉄なら千代田線の二重橋が近いです。

オートクチュールと聞くと、自分には全然関係ないものなのに、なんだか気になります。
豪華で美しいお姫様のような洋服には、
なぜだか惹かれてしまうようです。

今回の展覧会は、
19世紀後半のオートクチュールの始まりから現在のパリコレに出品されたものなど、
歴史と現在を並立させた展示もありました。

一部写真OKの部屋もありました。

これはシャネル。↓
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こちらはグレ。↓
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ビーズやスパンコールをびっしり縫い付けたドレスや、
草花の刺繍が施された手袋、
花びらや鳥の羽のモチーフなど、
いずれもメゾンのクチュリエたちの手仕事によるものです。

ファションやモードといえば、流行のもの・一過性のものかもしれませんが、
そこに注がれたクチュリエたちの手仕事は古くから、少なくとも100年は続く歴史の中にあります。

最近はオートクチュールをオーダーするセレブも少なくなっているそうで、
細かく手間のかかる仕事をする機会が減っているかもしれません。
そういった危機感を乗り越えるべく、デザイナーたちも色々とアイディアを絞っています。
このような展覧会もオートクチュールを支えるひとつの手段かもしれません。

すっかり感動して、ついつい図録まで買ってしまいました。

堪能した後は赤坂へ。
赤坂にある和菓子の塩野さん。
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トラックが映り込んでて分かりづらくなってますね・・・

塩野さんでは何を買おうかいつも迷ってしまいます。
お饅頭などの焼き菓子か、練り切りなどの生菓子か。
季節の干菓子もとてもきれいで且つ美味しいし。

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生菓子は月替わりのようです。
3月はピンク色のものが多くて、春らしい感じがします。

和菓子を買って、また丸の内に戻りました。
本当はもっとウロウロしようと思っていたのですが、
寒かったので早々に切り上げて帰ることにしました。

丸の内のVIRONでパンを買って、新幹線に乗りました。
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東京は色々あって面白いです。
色々見たり、色々食べたり、色々買ったり・・・
軍資金が必要ですけどね。

大都会で

六本木ですよ~。
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六本木ヒルズです。
東京タワーが間近に見えるんですね。

ここにある美術館は夜遅くまで開いているので、
仕事帰りに寄ることができてありがたいです。

森美術館は展示替えのため3月25日まで閉館中ですが、
展覧会開催中はほぼ連日夜10時まで開いています。

今回はそちらではなくて、同じビル内の森アーツセンターのほうです。
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こちらの閉館時間は夜8時。
6時ごろには六本木に着ける予定だったので、私には十分です。

特にフェルメールが好きというわけでもないのですが、
作品数が少なく、見る機会があまりないとなると、見たくなってしまいます。


ちなみに、
フェルメールの作品は33とか35とか所説ありますが、いずれにしても数が少ない。
半数以上はヨーロッパにあり、他はアメリカにあるようです。
(個人蔵は真贋を巡って意見が分かれているらしい)
ルーブルにも2点あります。
ニューヨークのメトロポリタンには5点もあるんですね。
英国王室も持っているみたい。

そのフェルメールの作品のひとつ「水差しを持つ女」が見られる展覧会に行ってきました。
この作品は日本初公開だそうです。

フェルメールは1点だけですが、その他は17世紀のオランダの作品が展示されています。
最も有名なのはレンブラントでしょうか。
私はデ・ホーホが好きかな。

今回の展覧会の作品は、抽象的なものとか宗教的なものではなく、
肖像画とか風景画とか写生的なものが多かったです。
17世紀オランダの美術界がそういう傾向にあったのでしょうか?
静物画などは、写真かと思うような、本物より本物らしく描かれたような、
そんな作品がたくさんありました。

以前はそんな作品の価値を理解することから逃げていました。
写真でいいじゃないか、と。
本物そっくりに描く意味などあるのだろうかと。

好きの裏返しだったのかもしれません。

今見ると、素直に好きだなと思えます。
果物や銀器などが描かれた作品なら部屋に飾りたい。

フェルメールが見られるのはもちろん一番の注目点なのだろうけど、
その他も見ごたえありました。
どの国でも、どの時代でも、黄金時代に作られたものというのは相当な見ごたえがあるのかもしれません。

さて、この森アーツセンターは地上52階にあります。
屋内展望台もありますが、別途料金が必要。
美術鑑賞だけの場合は、ちょっとだけ展望することができるスペースがあって、
まあ、それでも結構いい感じかな。
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大都会の夜景を見て、東京の大きさをひしひしと感じた次第です。

展覧会2つ

なんだか月イチ更新になっております。
意図しているわけではなくて、ただ書けないだけ。
書き始めても続かない。

もともと知識が不足しているうえに、最近は新たなインプットが少ないし、
書くネタが出てこないというところでしょうか。

行った場所や見たものについても、書く内容が薄っぺら過ぎなので、
色々調べるのに時間がかかって、結局書けない・・・ということにも。

だったら書かなきゃいいですけどね。


先日、2月初旬にボッティチェリ展とダ・ヴィンチ展に行きました。
ルネサンス三昧です。

どちらも巡回しないようなのでね。
ちょうど東京出張があって、1日だけ休暇をくっつけるという贅沢をしてみました。
休暇の日は、空気は冷たかったけれどとてもよいお天気で、
もっとゆっくり散歩したりテラス席でお茶したりできるとさらに良かったのになあと思ったり。

ゆっくりしているとあっという間に時間が過ぎるので、美術館へと急ぎました。

ボッティチェリ展は上野の東京都美術館。
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ボッティチェリはイタリアルネサンス期の画家で、
15歳の頃にフィリッポ・リッピの工房に弟子入りしたそうです。
ボッティチェリといえば、ヴィーナスの誕生やプリマベーラが有名ですが、
他にも美しい作品を多く残しています。

今回の展覧会は、フィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、フィリッポ・リッピの息子のフィリピーノ・リッピへと続く師弟関係にも注目したものとなっていました。
順々に影響し影響されていく関係です。

いずれも艶やかな色彩で、豊かで壮麗なルネサンスを想像させてくれました。


ダ・ヴィンチ展は、江戸東京博物館で。
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今回の目玉は、日本初公開「糸巻きの聖母」。
これが見たかったとかいうわけではないんですけど、
ダ・ヴィンチと聞くと見に行きたくなるんです。

ダ・ヴィンチについては、絵画作品を日本で見ることはなかなか難しそうで、
最近は手稿や素描が多いような気がします。
鏡面文字とか、すっかり有名になりました。
今回も日本初公開のものもたくさんあったのですが、
前に見たかどうか手稿や素描はわからなかったです。
どれも同じように見えてしまうんですよね~


いずれにしても、イタリア・ルネサンス期の絵画作品っていいなあと思った2つの展覧会でした。



落語鑑賞

落語会に行きました。

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人気者なので、いつもチケットは売り切れ。
今回も1階の最後列の後ろにパイプ椅子で1列座席が追加されていました。

落語の前に、得意の一人語りがあり、これはさすがの面白さ。
小さな出来事を拾って、面白おかしくずっと喋り続けるのだけでもすごい技量だけど、
それに加えてみんなを楽しませるのだから、これはもう才能としかいいようがないかも。

喋るのは好きだとご自身でもおっしゃってました。
どこにも弟子入りしなくても、どこかの町の片隅で喋っていたら、
「アイツの話はおもろいで」とうわさが広がって、人が集まるだろうなと思いました。

ただし、独特のテンポがあるので、例えばウチの母などはついて行けないだろうと思います。
テンポが速いだけでなく、話の間に別の話が入って、また戻って、ということが頻繁にあるので、
そのことが理解できないと、何が何やらわからなくなると思います。

落語は全部で4席。
私は落語について詳しくないのですが、そんな私が感じたことをちょいと書き綴ってみます。

最初はべ瓶さんの「時うどん」。
2002年に入門ということは、まだ若手なのか中堅なのか?
うどんの食べ方はさすがに上手いのですが、少しくどく感じました。
何らかの工夫がないと、同じことの繰り返しに見えてしまうのかもしれません。
でも、清々しい話しぶりは好感持てましたし、きちんと落ちて、とても楽しめました。

2つ目は生喬さんの「竹の水仙」。
こちらは、しっとりと聞かせる話しぶり。
宿屋の客などは高貴な雰囲気が出ていて、「
これはただものではないぞ」と聞いている方に感じさせました。
この演目のオチは色々あるようですが、最後まで大変楽しめました。

そして中入り前は師匠登場で、演目は「厩火事」。
うーん・・・何というか、2002年に落語回帰したということは、
まだ15年ととらえるべきなのか。

何と言っても滑舌が悪い。ところどころ噛む。人物描写もわかりにくい。
(人物の区別、男女の区別がわかりにくい)

さて、これをどう考えたらよかろうか。

一人語りやテレビでの喋りにおいては、多少の舌足らずも個性だと思えるし、愛嬌とも思えます。
でも、落語は話を聞くわけだし、アナウンサーのようにとは言わないまでも、
誰にでもわかりやすいほうがいいかなあ・・・

オチの部分まで噛んでたしなあ・・・

中入り後は、どうやら今のところのライフワークのような「山名屋浦里」。
ここ数年ずっとやっているようです。
タモリ氏が「ブラタモリ」で吉原を訪れたときに聞いた実話を元にして作られた新作落語だそう。
「これは落語になる」「じゃ、やってよ」ということで落語になったとかって。

話の内容は花魁と江戸の留守居役の友情物語。
まあ「ええ話」なわけです。
それはそれでいいのですが、
やはり人物描写がね、難しいですよね。

話の内容から想像するに、
留守居役は当代一の花魁が尊敬するような男でないといけないと思うんです。
真面目で無骨な人柄だけど、頭はいいはずで、見た目も美しいかもしれない。
そういう風情を感じさせる語りをしてほしいところです。

花魁もね、当代一ですからね、
「わちき」とか「ありんす」とか言わずともそうとわかるような語り口を望みたいし、
せめてそれなりの節回し(?)で語ってほしいかなあと思います。

なんか、
タモリ氏の一人語りで聞いてみたいような気分になりました。
落語でなくてもいいので、
タモリらしい「山名屋浦里」というものを見てみたい聞いてみたい。

そんな感想を持ってしまいました。

落語も奥が深いですね。

クリスマスに

クリスマス、いつの間にか終わってました。

毎年、特別なことをするわけではありません。
焼き鳥ではない鶏料理を食べて、デザートにケーキがあれば十分。

今年も鶏肉を使ったおかずを食べました。

ケーキに関しては、
以前はデパ地下で長蛇の列に並ぶのを厭わず、
普段よりもずっと選択肢のない中から選んで買っておりました。
ショートケーキは予約できませんからね。

去年はどうしたのだっか思い出せませんが、
シュクレのシュトーレンを食べたような気がします。

今年は、ムジカとタケウチがコラボしたシュトーレン。
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クリスマスブレンドの紅茶とのセットです。

薄くスライスして食べましたが、
一時に何度もスライスしてたら分厚く切るのと同じですわな。

そんなわけで、クリスマス前に食べきってしまいました。

クリスマスにケーキがないなあと思っていたところ、
たまたま寄ったシュクレクール四ツ橋出張所にベラベッカがありました。
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というわけで、これにアンデルセン(パン屋)のシュトーレンも加えて、
なんとなくクリスマス気分を盛り上げました。

今年の12月25日は満月だったんですよね。
クリスマスと満月が重なるのは38年ぶりだったそうですよ。

インプット アウトプット

最近インプットが少なすぎて、
ただでさえ薄っぺらな人間なのに薄さが増しているのを実感しています。

何にでも言えると思うのですが、
たとえば100のインプットをしたとして、アウトプットできるのは10程度ではないでしょうか。

100のうち100をアウトプットしたつもりなら、
それは単に右から左に何かを通しただけで、実際は何もインプットでされていないのかもしれません。

私はそんな気がします。

話が面白い人って、インプットが多いと思うんですよね。
少なくとも本はたくさん読んでいるようですし。

そんなわけで、自分の薄さを少しでも解消しようと、
ちょっと読書でもしよう思った次第。
最近は片付けやら掃除やらの本しかほとんど読んでいなかったので、
ちゃんと読書しなきゃね、と。
読んでない本がたくさん積んであるし。

とりあえず手に取ったのは、これ。

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短編集だし、字はほどほどに大きいし、ページ数もほどほどだし、
読書リハビリ?にはちょうど良さそう。

著者の重松清氏と年齢が近いせいもあって、時代背景がわかりやすくて、
作品も読みやすかったという感じ。
面白くないことはないけど全体に軽い感じだなあ、と、結構侮った読み方をしてしまいました。

でもね、重松氏はただの軽口短編作家ではなかったです。(当然ですが)
収録されている短編の最後2つは、しっかり読ませる作品だったし、
侮っていた分だけ感動してしまいました。

やはり読ませる人は読ませるなあ・・・なんて、読書量極少のくせに偉そうな。

調子が乗ってきたところで、もう1冊短編集を“つんどく山”の中から出して読んでみたのですが、
今度のはダメでした。
別の人気作家の短編集でしたが、11篇のうち3篇読んだところで断念しました。
面白いと思えず、嫌な感じさえする本を読み続ける必要はないですものね。

次は読みかけのまま放置されていた、ナタリア・ギンズブルグでも読もうかな。
なんか急にハードル上げ過ぎですかね。
他の選択肢は、白洲正子、光瀬龍、レイモンド・カーヴァー・・・
と書いてみて、これじゃあ積んどくわけだわと、今更納得。
もう少し読みやすいものにすればいいのに、
何か気取ってる感があるよなあ。

読書のきっかけといえば、ちょっと前に、図書館で「洋子さんの本棚」という本を借りました。
エッセイストの平松洋子さんと、小説家の小川洋子さんの対談なのですが、
そこで読書や作品やそれらが自分にどういう影響を与えたかについて対談しています。
これは面白かったです。
読書について楽しそうに語り合っていらして、
なんか楽しそうだな、私も楽しく読書してたこともあったな、と思い出しました。

「本を読まなくちゃ」と頑張る人がいるなんて、お二人ともきっと不思議に思うでしょうね。

そんなきっかけですけど、せめてつんどく山は制覇したい。
片付けにもつながりますしね。
無理に全部読もうとする必要はないと理解できたし、
楽しく読めるものを読めばいいんだよね。

とりあえず、ギンズブルグを開いてみます。